The Tokens - While I Dream / I Love My Baby
1956 USA Original 45rpm Record [MELBA/104]
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「ライオンは寝ている」のヒットで知られ、プロデューサーチームとしても活躍したポップ・コーラス・グループ/ザ・トーケンズが、1956年6月にMELBAレーベルからリリースしたデビューシングルです。
ニール・セダカ&ハワード・グリーンフィールドが書いた曲で、ニール・セダカがリードボーカルとして歌った、セダカの初期作品でもあります。
Neil Sedaka & Howard Greenfield
当時、優れたオリジナル曲を持つティーネイジャーのボーカル・グループは稀でした。かつ、女性ボーカルを擁するコーラスワークは技巧的にも優れており、真のドゥーワップとしての深い感銘を約束してくれます。この後の、セダカの独立と成功を予見させる、高水準なポップ性が見事に発揮された初期ホワイト・ドゥーワップの名作です。
裏面はアップテンポのロックンロール・ナンバーです。
見た目が精巧な70's リプロ盤が存在しているので注意が必要です。レーベルの文字の印刷が滲んだ感じが海賊盤です。この盤は正真正銘のオリジナル・プレスです。
コンディション:VG+/VG+/SOL マトリックス番号:M-1008 / M-1007 |
アーティスト【ザ・トーケンズ】
The Linc-Tones
ポップ・コーラス~ホワイト・ドゥーワップ・グループ、プロデューサー・チーム。1956年初頭、ハンク・メンドレスとニール・セダカはニューヨーク・ブルックリンのリンカーン高校の同級生で、他の2人の学友であったエディ・ラブキンとシンシア・ゾリティンを加えてボーカル・グループを結成し、彼らの通った高校の名前からザ・リンク・トーンズと名付けた。グループは、USOの退役軍人ショーだけでなく、さまざまなコミュニティホールや地元の講堂でパフォーマンスした。1956年にラブキンの代わりにジェイ・シーゲルが就任した。シンシア・ゾリティンのいとこでブリルビルディングのマネージャーであるハッピー・ゴーデイがマネージャーになり、グループをオーディションのためにMELBAレコードのモーティ・クラフトに紹介した。クラフトは彼らを気に入り契約に至った。ニール・セダカとハワード・グリーンフィールドはグループの初期の作品の多くを書いており、この時点ですでにセダカ=ハワードフィールドの強力な作曲家コンビが組まれていた。そして、グループはニューヨーク市のベルトーンスタジオで録音した「I Love My Baby / While I Dream」1956年にリリースされることになったが、マネージャーのゴーデイはグループに相談する前にグループ名をザ・トーケンズと変更し、レコードに表記されることになった。この曲はラジオで再生され、ニューヨーク一帯でローカルヒットとなった。しかし1957年にエディとシンシアが大学に進学しグループを脱退し、残りのメンバーでザ・トーケンズ&ザ・コインズとして短期間活動した後、セダカは1958年にグループを脱退し、ソロ活動を開始した、実質的にグループは解散した。シーゲルとメンドレスは引き続き共に活動しており、1959年にROULETTEレコードでダレル&ザ・オックスフォードというグループ名義で録音を残した。シーゲルとメンドレスは、1960年に、13歳のマルチ楽器奏者でファーストテナーボーカルのミッチ・マーゴと、彼の兄弟でバリトンボーカルのフィリップ・“フィル”・マーゴを迎え入れた後、正式にザ・トーケンズを発足した。1961年にRCA VICTORレーベルと契約し「The Lion Sleeps Tonight」がヒットしており、同年にWARWICKレーベルから「Tonight I Fell In Love」がヒットしている。同時期にニューヨークのブリルビルディグで「ブライト・チューンズ(Bright Tunes)」という音楽出版社を設立し、LAURIE/RUSTレーベル他で多数のプロデュースを担当し、アーティストに楽曲を提供したりした。1964年には自身らのレーベルB.T.PUPPY RECORDSレーベルを発足し、ザ・トーケンズ名義で録音したり、ザ・ハプニングス等の様々なアーティストを手がけ成功を収めている。以降1974年までWARNER BROS., BUDDAH, ATCOレーベルにも録音がある。ポップス職人集団としての高水準な音楽性と、一流のコーラス・グループとしての絶品のハーモニーを兼ね揃えた名グループである。