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R&B 45

The Johnny Otis Show - Willie & The Hand Jive / Willie Did The Cha Cha (70's Re-Issue)

1970's(1958) USA Re-Issue 45rpm Record [CAPITOL/6040]

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ロックンロール時代における最重要人物の一人であり、40~50年代R&Bのゴッドファザーと呼ばれるほどの超大物として知られる、白人R&Bシンガー、ソングライター、バンドリーダー、マルチな楽器奏者、レーベル・オーナー/ジョニー・オーティスが、1955年にUS CAPITOLレーベルからリリースしたシングルで、全米ポップチャートで最高9位/R&Bチャートで最高5位を記録した彼の代表作品です。

ジョニー・オーティスが1940年代に演奏していた「シェーヴ&ア・ヘアカット、シックス・ビッツ(Shave and a haircut, six bits)」というシンコペーション・リズムの再演で、手の振り付けで踊る“ハンド・ジャイヴ”というスタイルで流行したR&Bダンス・ナンバー!

映画「グリース」ではシャナ・ナ・ナが「ボーン・トゥ・ハンド・ジャイヴ」と改作して取り上げていた作品のオリジナル・バージョンで、ロックンロール・ファンの方もマストな一曲です。



裏面は1958年にCAPITOLレーベルからリリースされたシングル(4060番)のカップリングで、「ウィリー&ザ・ハンド・ジャイヴ」をフォローアップした作品です。

「ウィリーがチャ・チャ・チャで踊った」というノヴェルティー感のあるダンスナンバーでありながらも、硬派なR&Bサウンドで、ラテン・リズム~ジャンプ・サウンドを見事に融合させたR&B・ダンサー!

音がラウドな70'sプレスでお薦めです!オリジナル・カンパニースリーヴ付きです。

コンディション:NM/NM/RI
マトリックス番号:S-45-X-1-6040-18745 G-20 / S-45-X-2-6040-19814 G-20

アーティスト【ジョニー・オーティス】
Johnny Otis (born Ioannis Alexandres Veliotes, December 28, 1921 Vallejo, California, U.S. - January 17, 2012 Los Angeles, California, U.S.) 白人R&Bシンガー、ソングライター、バンドリーダー、マルチな楽器奏者、レーベル・オーナー。幼少時代を黒人居住区で過ごした為、ブラックミュージックに強い影響をうける。ティーン期からドラムスを演奏し、高校を中退後に友人と共にザ・ウェスト・オークランド・ハウスロッカーズ(The West Oakland Houserockers)というバンドで1939年頃のオークランド~バークレイで活動。その後ジャズバンド/ロイド・ハンターズ・セレネーダーズ(Lloyd Hunter's Serenaders)や、ハーラン・レオナルズ・ロケット(Harlan Leonard's Rockets)でも伴奏し、1945年に自身の楽団を結成。そしてSAVOYレーベルより「Harlem Nocturne」等をヒットさせながら、タレントスカウトを行い、アーティストをプロデュースして録音し、興行主も努めている。彼のバンドの初期にはメル・ウォーカー(Mel Walker)、リトル・エスター・フィリップス(Little Esther Phillips)、ザ・ロビンズ(The Robins)、ビッグ・ジェイ・マクニーリー(Big Jay McNeely)らが在籍しており、「Double Crossing Blues」、「Mistrustin' Blues」、「Cupid Boogie」といったヒットも生まれている。また1951年に録音した「Mambo Boogie」は、最初期のR&Bマンボと言われている。1951年にMERCURYレーベルに移籍し、同時期には13歳のエッタ・ジェームス(Etta James)を発掘し、その後プロデュースした「The Wallflower (Roll With Me, Henry)」がナショナルヒットを記録。1952年にテキサス州オースティンに移り、イィリー・メエ・“ビッグ・ママ”・ソーントン(Willie Mae 'Big Mama' Thornton)を発掘し、1953年に録音した「Hound Dog」が大ヒットを記録。また同時期にジョニー・エイス(Johnny Ace)のヒット「Pledging My Love」ではビヴラフォンを演奏した。1952年にFEDERALレーベルのR&Bグループ/ザ・ロイヤルズ(The Royals)に提供した「Every Beat of My Heart」はヒットし、以降R&Bのスタンダードとなっている。1955年頃にはロサンジェルスに戻り、テレビ番組『The Johnny Otis Show』のホストを努めたり、KFOX局のラジオ番組でDJをし、自身のレーベルULTRTA/DIGを発足し、音楽業界に影響力を持つ。1957年にはCAPITOLレーベルより「Willie and the Hand Jive」が特大ヒットしている。1961年にはKINGレーベルに移って自身らでも録音し、ジョジー・“ギター”・ワトソン(Johnny "Guitar" Watson)も手がけている。1969年以降はKENT, COLUMBIAレーベル他に録音があり、死去する2010年代まで現役で活動している。総じて、ロックンロール時代における最重要人物の一人であり、40~50年代R&Bのゴッドファザーと呼ばれるほどの超大物である。

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