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R&B 45

Little Richard - Tutti-Frutti / I'm Just A Lonely Guy (Re-Issue)

1970s(1956) USA Re-Issue 45rpm Record [SPECIALTY/SXP-561-45]

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50年代のSPECIALTYレーベル時代には数多くのヒット曲を放ち、ロックンロール時代を牽引した重要人物としても知られるR&B・シンガー、ピアニスト、ソングライター/リトル・リチャードが、1956年にSPECIALTYレーベルからリリースした作品の、1970's 正規リイシュー・シングルです。

ビルボード・ホット100チャートで最高17位、ビルボード・R&Bチャートで6週連続2位を記録しました。ローリングストーン誌が選ぶ「ザ・500・グレーテスト・ソングス・オブ・オール・タイム」では43位と高順位に選定されており、同チャートにノミネートされたリトル・リチャードの作品としては最高位となるロック史重要作品です。2007年、モジョ誌が選ぶ「世界を変えたトップ100レコード」で第1位になり、「ロックンロール誕生のサウンド」と称賛しました。2010年に、米国議会図書館の国立録音登録簿はこの録音を登録簿に追加し、「魅力的なビートに乗った独特の発声が音楽の新時代を告げた」と主張しました。2012年4月、ローリングストーン誌はこのリフレインを「これまでに記録された中で最もインスピレーションを受けたロックンロールの歌詞」と宣言しました。

リトル・リチャードは、1951年以来RCA VICTORとPEACOCKレーベルに録音を行っていましたが、初期のレコードは比較的目立ったものではなく、プロデューサーが期待していた商業的な成功には至りませんでした。1955年2月、彼はデモテープをSPECIALTYレーベルに送り、SPECIALTYのオーナーであるアート・ループがそれを聞き、アート・ループは1955年9月にニューオーリンズにあるコジモ・マタッサのJ&Mスタジオで、ロバート・“バンプス”・ブラックウェルをプロデューサーにし、ファッツ・ドミノのバック・バンドを迎えて、リトル・リチャードのレコーディング・セッションを手配しました。ピアノがヒューイ・スミス、コントラバスがフランク・フィールズ、ギターがジャスティン・アダムス、ドラムがアール・パーマーでした。

リトル・リチャードとドロシー・ラボストリーが書いた曲で、元の歌詞が同性愛者の男性について言及したものであったため、ドロシー・ラボストリーは歌詞を修正しました。曲は12小節のブルースのコード進行で、アフリカ系アメリカ人の音楽の特徴がより多く含まれている、非常に攻撃的な曲とみなされていました。ハードなサウンドとワイルドな歌詞は、以降のリトル・リチャードの多くの曲のモデルとなっただけでなく、ロックンロール自体のモデルにもなりました。この曲は、大音量、強力なボーカル・スタイル、独特のビートとリズムなど、ロックンロール・ミュージックにおける音楽的特徴のいくつかを導入しています。

セッションが進むにつれて、リトル・リチャードは、自分のアナーキーなパフォーマンス・スタイルがテープに完全に記録されていないことに不満を感じたそうです。昼休み中に、彼はピアノを叩き始め、自分が作詞・作曲し、数年間ライブで演奏してきた下品な歌を歌い始めました。いくつかの報告によると、彼はバス停で管理人として働いていたときに初めてこの曲を書き、演奏したとされます。彼が歌った曲は、彼が「南部のクラブで磨いた」音楽でした。そしてリチャードが歌ったエネルギッシュなリフの、「A-wop-bop-a-loo-mop-a-lop-bam-boom!」は、リチャードが想像したドラム・パターンを口頭で表現したものだったそうです。

ブギー、ゴスペル、ブルースの要素を組み合わせた「トゥッティ・フルーティー」のルーツはブギウギですが、リチャードはそのシャッフル・リズムから離れ、新しい独特のロックンロール・ビートを導入しました。彼は右手でパターンを演奏する両手アプローチで新しいロックンロールのリズムを強化し、ピアノの高音域でリズムが飛び出すようにしました。この曲の新しいリズムは標準的なロックンロール・ビートの基礎となり、後にチャック・ベリーによって確立されました。

裏面はバラードです。

レーベル中央に破線があるデザインなので、オリジナル盤かリイシューかの判別が難しいところですが、オリジナル盤はマトリックスに「M.S.I. Co.」があるのに対し、このプレスには不足しているので、1970年代初期の再発盤だと推測可能です。音質が優れているのでおすすめです。

コンディション:NM/NM/TROL/RI
マトリックス番号:45-XSP-561 / 45-SP-561

アーティスト【リトル・リチャード】



















Richard Wayne Penniman (December 5, 1932;Macon, Georgia - May 9, 2020;Tullahoma, Tennessee) R&B・シンガー、ピアニスト、ソングライター。黒人ロックンロールの王様。1951年にRCA VICTORレーベルからデビューし、1953年にはジョニー・オーティスの下でPEACOCKレーベルにも録音しており、初期はブルースを演奏。1955年に自身のロード・バンド/ジ・アップセッターズ(The Upsetters)を結成。R&Bシンガーでピアニストのエスケリータ(Esquerita)からヒントを得たという(真相は不明)、パンピン・ピアノと絶叫ヴォーカル、そしてポンパドール・ヘアとちょび髭をトレードマークにした、ロックンローラーへと転向しロサンジェルスのSPECIALTYレーベルと契約。同レーベルのA&R/バンプス・ブラックウェルの提案でニューオーリンズへ行き、現地の名門コジモ・マタッサ・スタジオで録音したロックンロールが爆発的にヒットを記録。「Tutti-Frutti」、「Long Tall Sally」、「Slippin' and Slidin'」、「Rip It Up」、「Ready Teddy」、「Heeby-Jeebies」、「The Girl Can't Help It」、「Jenny, Jenny」、「Keep A-Knockin'」、「Good Golly, Miss Molly」、「Ooh! My Soul」、「Baby Face」といった多くヒット曲を放ち、そのほとんどがロックンロールのスタンダードとなっている。2003年にはローリングストーン誌が選ぶ『100 Greatest Artists of All Time』で8位に選定。ジェームス・ブラウンからポール・マッカートニーにまで影響を与えた名歌手である。1957年に「ロックンロールは悪魔の音楽」だという理由で、人気の絶頂期に突如引退を表明し、アラバマ州のオークウッド大学に入学して神学を修め牧師となったが、1962年にMERCURYレーベルからR&B歌手として復活。以降は1963年にLITTLE STAR, ATLANTIC, CORALレーベルに録音し、1965年にVEE-JAYレーベル、1966年にOKEH, MODERNレーベル、1968年にBRUNSWICKレーベル、1970年にREPRISEレーベル等に録音を続け、2010年代以降も現役で活躍中であった。2020年5月9日に死去。
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