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R&B 45

James Davis (James Brown & The Famous Flames) - Doodle Bee / Bucket Head

1959 USA Original 45rpm Record [FEDERAL/45-12360]

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初期のジェームス・ブラウンのザ・フェイマウス・フレームスのディレクターとして活躍したR&B~ファンク・テナーサックス奏者、バンドリーダー、編曲家のJ・C・ディヴィスが、1959年にFEDERALレーベルからリリースしたシングルです。

ジェームス・ブラウンがハモンドオルガンを演奏し、彼のバンドであるフェイマウス・フレームスがバックを演奏していますので、実質的にジェームス・ブラウン&ザ・フェイマウス・フレームスとしての録音です。ここでの主役は、テナーサックス奏者のJ・C・ディヴィスで、フェイマウス・フレームスのディレクターを務めたほどの人物だけあり、バンドを完璧にコントロールした彼のリーダー作品です。

ザ・チャンプスの「テキーラ」を参照したと思われるラテンちっくなシャッフルリズムに、無音部分のブレイクでは、ジェームス・ブラウンが「Get that bug!(あの虫を捕まえろ)」と叫んでいるのが聴こえます。

裏面もインストルメンタル・トラックで、こちらは完全にレーベルの先輩にあたる、ビル・ドゲットのスタイルに傾倒したシャッフルR&B・インストゥルメンタル作品です。

ビル・ドゲットをコピーするだけではなく、J・C・ディヴィスのパワフルなサックス・ブレイクと、ジェームス・ブラウンのソウルフルなハモンドオルガンで本家を軽く圧倒してしまうような馬力の圧が凄いR&B・インストゥルメンタル作品です。

□ジェームス・ブラウン関連、初期の珍盤!クリーンコピーは稀です。2曲ともジェームス・ブラウンの作品としてリストされており、彼の全シングルを集めたコンピレーションアルバム『The Singles, Volume One: The Federal Years 1956-1960』(以下の画像)にも収録されていました。オリジナル・カンパニースリーブ付きです。



コンディション:VG++/VG++
マトリックス番号:G-45-7268-1 / G-45-7269-1


アーティスト【ジェームズ・“JC”・デイヴィス】

R&B~ファンク・テナーサックス奏者、バンドリーダー、編曲家。ジェームス・ブラウンのバンドの初期の発展において重要な役割を果たした。ジェームス・ブラウンのザ・フェイマウス・フレームスに参加したのは1958年から1962年にかけてで、デイヴィスは1958年後半、オハイオ州コロンバスでジェームス・ブラウンのツアー・レビューにメンバーとして参加し、すぐにオーケストラのバンド・ディレクター兼主要なサックス奏者となった。彼は、1950年代後半から1960年代前半にかけてのブラウンのR&Bの基礎となる多くのレコーディングに参加し、ソロも披露した。中でもヒット曲「ナイト・トレイン」(1961年)では、象徴的なテナーサックス・ソロを演奏している。ソロおよびグループでのレコーディングは、ブラウンと活動していた間、デイヴィスとバックバンドのメンバーはKING/FEDERALとCHESS/ARGOのために自身の名義でレコーディングを行い、「The Splib」(1960年)や「Doodle Bee」などのインストゥルメンタルをリリースした。1961年2月頃、または1962年2月頃にジェームス・ブラウンのバンドを脱退した。その後、エタ・ジェームスのバンドディレクターを務め、ジャッキー・ウィルソン、リトル・ウィリー・ジョン、ザ・ドリフターズといった主要なR&Bアーティストのツアーに参加した。1960年代半ばまでに、彼はオハイオ州コロンバスに定住した。1969年、彼は短命に終わった自身のレーベル、NEW DAYレコードを設立し、「A New Day (Is Here At Last)」、「Coconut Brown」、「Buttered Popcorn」などの珍しいファンク/ソウルの45回転シングルをリリースした。これらの限定生産シングルは、ディープファンクのコレクターやレコードコレクターの間で、非常に人気の高い垂涎の的となっている。

アーティスト【ジェームス・ブラウン】

























James Joseph Brown (May 3, 1933 Barnwell, South Carolina, United States - December 25, 2006 Atlanta, Georgia) R&B~ソウル・シンガー、ソングライター、鍵盤奏者、バンドリーダー、音楽プロデューサー。サム・クック、ジャッキー・ウィルソンと並び3大ソウルと称されるR&B~ソウル音楽界の大御所。愛称はゴッドファザー・オブ・ソウルや、J.B、ショウ・ビジネス界いちの働き者、Mr.ダイナマイト等。16歳の時に車を強盗した罪で少年院に収監され、そこでの服役中に、ボビー・バードと出会う。バードの家族は、ブラウンの釈放後の生活を助け、その後約3年間は自動車会社や学校の用務員の仕事をこなしながら、野球ピッチャーやボクサーなどをして過ごす。1955年にボビーの妹らとゴスペル・グループ/ザ・ゴスペル・スターライターズ(The Gospel Starlighters)で歌い、同時にボビーが活動していたジ・エーヴォンズ(The Avons)というR&Bグループに加入し、このグループがグループ名を変更し後のザ・フレイムス(The Flames)となる。その後ジェームス・ブラウンを中心に、グループ名を新たにザ・フェイマウス・フレイムスとし、1956年にオハイオ州シンシナティーのKINGレーベル傍系のFEDERALレーベルと契約し、「Please, Please, Please」のヒットで華々しくデビューを飾る。他にも初期には「Try Me」等のR&Bバラードを得意とし、ブルージーなR&B作品でチャートヒットを連発。60年代には親レーベルのKINGレーベルに移る。1962年に女性歌手イヴォンヌ・フェア(Yvonne Fair)に提供した「I Found You」はファンキー・ソウルの原型と言われており、それに加え1964年にSMASHレーベルに録音した「Out Of Sight」と、1965年KINGレーベルでの「Papa's Got a Brand New Bag」でファンキーなスタイルを確立し影響力を持つ。以降も「I Got You (I Feel Good)」や「I Got The Feelin'」といった多くのヒット曲を放ち続け、USソウル・ミュージック界を代表する大御所となった。1971年以降はPEOPLE, POLYDORレーベル他に録音がある。ショウジネスのパイオニアの一人でもあり、彼が主催した『ザ・ジェームスブラウン・ショウ』は、60年代の『モータウン・レビュー』や『アイク&ティナ・ターナー・レビュー』と並ぶ人気を誇った。プロデューサーとしては、「ジェームス・ブラウン・プロダクション」を設立し、SMASH, MERCURY, KINGレーベル等でボビー・バードやマーヴァ・ウィットニーらを手がけている。