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Sixties 45

Bob Dylan - I Threw It All Away / Drifter's Escape [Vinyl]

1969 USA Original 45rpm Record [COLUMBIA/4-44826]

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ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーで第7位に選定されている事でも知られる重要ロック・シンガー、ソングライター/ボブ・ディランが、1969年4月9日にCOLUMBIAレコードからリリースしたシングルです。

ボブ・ジョンストン・プロデュースによる作品です。


Bob Johnston (right)

ビルボード・ホット100チャートで85位、USキャッシュボックスチャートで60位、全英シングルチャートで30位を記録しました。2005年にMojo誌が報じた世論調査では「ボブ・ディランの歴代曲」の中で55位にランクインしました。2002年にはUncut誌による「ボブ・ディランの歴代曲」の中では34位にランクインしました。

1969年のアルバム『ナッシュビル・スカイライン』に収録され、同年後半に初のシングルとしてリリースされました。アルバムの中でも屈指の名曲であり、最も人気のある曲の一つとされています。

「アイ・スロウ・イット・オール・アウェイ」は、『ナッシュビル・スカイライン』のために最初に書かれた曲の一つであり、レコーディング・セッション前に書かれたことが確実な2曲のうちの1曲です(もう1曲は「レイ・レディ・レイ」)。ディランは1968年11月にジョージ・ハリスンと妻パティにこの曲を演奏し、ハリスンはこの曲に感銘を受け、自ら覚えたとされています。この曲は、1969年2月13日に「トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー」に続いてナッシュビル・スカイライン のために録音された2曲目でした。ディランは、残酷さと怒りによって失った愛について歌っています。この歌でディランが誰のことを歌っているのか、様々な憶測が飛び交っており、スーズ・ロトロ、ジョーン・バエズ、イーディ・セジウィックなど、複数の女性について歌っているのではないかと推測されています。曲はディランは失敗の責任を負っており、ディランのミューズ(Muse:ギリシャ神話に登場する文芸・芸術・学問を司る9人の女神たちであり、芸術家へインスピレーションを与える存在)の肖像画としても解釈されるようになっています。

男性的な優しさに満ちた美しいラブソングと評される名曲です。

裏面は、1967年のアルバム『ジョン・ウェズリー・ハーディング』に最初に収録した曲です。

この曲は1967年10月17日に4テイクで録音されました。

ディランはジョン・ウェズリー・ハーディングのアルバムの最初のセッションに向かう途中、ニューヨークの電車の中で「漂流者の逃走」を書きました。歌詞はカフカ風の物語で、部外者は社会に抑圧されているが、敗北していないという内容です。主人公は、自分にかけられた容疑がわからないまま裁判にかけられます。裁判官は同情的だが、無力です。陪審員は主人公を有罪とするが、裁判所に雷が落ち、神の介入によって彼は救われます。主人公は、迫害者たちがひざまずいて祈っている間に逃げることができます。ディランは主人公の方向性とデウス・エクス・マキナを曖昧にしたままにしています。主人公は神によって解放された預言者である可能性もあるし、あるいは悪魔によって解放された偽預言者である可能性もあります。

□オリジナル・カンパニースリーブ付きです。

コンディション:VG++/VG++
マトリックス番号ZSP-13975-1C / ZSP-139976-1C


アーティスト【ボブ・ディラン】


ロック・シンガー、ソングライター、ギタリスト、ハーピスト。フォーク、フォーク・ロック、ロック、ブルース、カントリー・ロック、ゴスペル。1941年ミネソタ州ドゥルース出身で、本名 Robert Allen Zimmerman 。高校時代にはザ・シャドウ・ブラスターズ(The Shadow Blasters)、ザ・ゴールデン・コーズ(The Golden Chords)というロックンロールバンドを組み、1959年にはエルストン・ガンン(Elston Gunnn)という芸名でボビー・ヴィーのステージでピアノ伴奏も経験。1958年にミネアポリスに移り、フォーク・ミュージックに関心を持ち、地元のコーヒーハウス「テン・オクロック・スコーラー」で演奏を開始し、ディンキータウン・フォーク・ミュージック・シーンでボブ・ディランを名乗って活動。1961年に大学中退後ニューヨークを訪れ、グリニッジ・ヴィレッジ周辺のフォーク・シーンで活動。1962年にハリー・ベラフォンテのRCA VICTORレーベルでのアルバム『Midnight Special』で伴奏。その後COLUMBIAレーベルのジョン・ハモンドに見出され、同年3月にアルバム『Bob Dylan』でソロデビュー。以降フォーク・シンガーとして活動していたが、1964年頃からドラッグ体験や、ロックの影響をうけて音楽をエレクトリック化したり、歌詞に文学的表現を織り交ぜた新スタイルに転向。フォーク・ソング愛好者からは批判されたものの、ロックの新しい歴史を開いたとして評価されている。ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガーに於いては、第7位に選定されているロック史重要人物である。