{"product_id":"chuck-higgins-pachuko-hop-johnny-guitar-watson-motor-head-baby","title":"Chuck Higgins - Pachuko Hop \/ Johnny \"Guitar\" Watson - Motor Head Baby","description":"\u003cp\u003e\u003ciframe width=\"100%\" height=\"315\" src=\"https:\/\/www.youtube.com\/embed\/edkOsILiGDk?si=DX0-yJcbtDiPO_aV\" title=\"YouTube video player\"\u003e\u003c\/iframe\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003ciframe width=\"100%\" height=\"315\" src=\"https:\/\/www.youtube.com\/embed\/XajEUN9NAfA?si=YpevoNIncFdzuHGX\" title=\"YouTube video player\"\u003e\u003c\/iframe\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e50年代のL.A R\u0026amp;Bのメッカ、セントラル・アヴェニューで絶大な人気を誇った、ロックンロール派ブロウ・ホンカーとして知られるR\u0026amp;B・サックス奏者／チャック・ヒギンスが、1952年にCOMBOレーベルからリリースしたシングルです。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e地元ロサンゼルスでローカルヒットを記録しました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eペンペン／ペケペケ／ギュインギュイン・ギターをトレードマークとして人気を博したブルース・シンガー、ギタリスト、ピアニストのジョニー・“ギター”・ワトソンが、ピアノ奏者として参加した初期のレコーディング作品としても知られています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/images_4_e32fc193-b275-4a66-83eb-482488497378.jpg?v=1792825627\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cem\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/627596936_1462033575279029_3517088374688428146_n.jpg?v=1792825545\" alt=\"\"\u003e\u003cbr\u003eJohnny \"Guitar\" Watson\u003c\/em\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e力強くエネルギッシュなジャンプブルースのインストゥルメンタルで、激しく踊れるリズムセクションの上に、ヒギンスのけたたましくザラザラとしたサックスのリフが乗る50's R\u0026amp;B・インストゥルメンタル・チューン！\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eパチューコ（またはパチュコ）とは、メキシコ系アメリカ人が愛用した「ズートスーツ」としてよく知られている服装スタイルを指しています。元々は、1930年代後半から1940年代にかけて出現した、ズートスーツ、カロ語のスラング、独特のダンススタイルで有名な、スタイリッシュで反抗的なメキシコ系アメリカ人の若者サブカルチャーであるパチューコにちなんでいます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/pachuko.jpg?v=1792826813\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eチャック・ヒギンズによる「パチューコ・ホップ」は、チカーノ音楽と西海岸のメキシコ系アメリカ人の若者文化の歴史における礎石となる、伝説的なR\u0026amp;Bインストゥルメンタル曲として知られています。アフリカ系アメリカ人のR\u0026amp;Bと、チカーノ・ロックンロールや「イーストサイド・ソウル」の発展をつなぐ架け橋として、独自の地位を占める重要な一曲となりました。その理由は、1940年代から1950年代初頭にかけて、パチューコたちは激しい人種差別、社会的疎外、そして犯罪者扱い（特に1943年のズートスーツ暴動）に直面していた。そんな彼らにとって、自分たちのシーンに特化した人気レコードが生まれたことは、文化的な正当性を強く示すものであったからです。「パチューコ・ホップ」は部外者が文化を嘲笑するようなものではなく、彼らのダンスやローライダーの集まりのために作られた、称賛されるダンスアンセムだったのでした。本作は、チカーノの人々にとっての文化的意義のある思い入れの深いレコードとなりました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/847d91ee49e4018c7d9f3b561fccc845.jpg?v=1792826882\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e異文化が融合したロサンゼルスの若者文化の誕生1950年代初頭のロサンゼルスでは、人種隔離政策のため、黒人コミュニティとメキシコ系アメリカ人コミュニティは、イーストロサンゼルスやワッツといった地域で地理的にも社会的にもしばしば共存していました。チャック・ヒギンズは、アリソ・ビレッジをはじめとするイースト・ロサンゼルスの多様な労働者階級の地域で育ち、多くの時間をそこで過ごしています。メキシコ系アメリカ人の若者たちと親しく交流したことで、彼らの音楽の好み、ダンススタイル、そして社会的アイデンティティを直接理解することができました。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/www.britannica.com_topic_zoot-suit-clothing.png?v=1792827061\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e「パチューコ・ホップ」は、アフリカ系アメリカ人ミュージシャンとチカーノの聴衆との間の連帯感と共通の音楽的嗜好を象徴しています。ヒギンズは、チカーノの若者たちが地元のダンスホール、ローライダーショー、バンドコンテストなどのイベントで最大の客層を占めていることを認識していました。「パチューコ・ホップ」は、エル・モンテ・リージョン・スタジアムをはじめとするイースト・ロサンゼルスの様々な会場で欠かせないアンセムとなりました。この曲は、ザ・ミッドナイターズ、キャニバル＆ザ・ヘッドハンターズ、エル・チカーノといったチカーノ・ミュージシャンの世代に影響を与え、彼らはヒギンズ、ビッグ・ジェイ・マクニーリー、ジョー・ヒューストンによってもたらされた重厚なサックスのリフ、ジャンプ・ブルースのエネルギー、そしてソウルフルなグルーヴを取り入れました。「イーストサイド・サウンド」の礎石と言われる所以はここにあります。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/203f9f1549c91b4e13f6307d585b057d.jpg?v=1792826947\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e◇\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e裏面は、ジョニー・ワトソン他が共作をしたロッキン・ブルース・チューンです。ワトソン自身がリードボーカルを務めており、ヒギンスと彼のバンド／メロトーンズがバッキングを演奏したR\u0026amp;B・ジャンプ・チューン！\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インベンションに参加したことで知られる、ユークリッド・ジェームズ・“モーターヘッド”・シャーウッドのニックネームの由来となった一曲としても知られています。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cem\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/183077174_3897598563663236_6018243533972399915_n.jpg?v=1792827425\" alt=\"\"\u003e\u003cbr\u003eJim \"Motorhead\" Sherwood\u003c\/em\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e□赤レーベルのファーストプレスかつクリーンコピーが出るのはかなり稀です。参考に、7インチでは以下の画像の後発盤もリリースされています。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/R-38324865-1788437056-1850.jpg?v=1792827625\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/R-6083462-1488247333-6956.jpg?v=1792827626\" alt=\"\"\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003ctable\u003e\n\u003ctbody\u003e\n\u003ctr\u003e\n\u003ctd\u003e\n\u003cstrong\u003eコンディション\u003c\/strong\u003e：NM\/VG++\u003cstrong\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/strong\u003e\u003cstrong\u003eマトリックス番号\u003c\/strong\u003e：45-JP-12-A 595 \/ 45-JP-12-B 596\u003cbr\u003e\n\u003c\/td\u003e\n\u003c\/tr\u003e\n\u003c\/tbody\u003e\n\u003c\/table\u003e\n\u003cp\u003e\u003cbr\u003eアーティスト\u003cstrong\u003e【チャック・ヒギンス】\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/m.media-amazon.com\/images\/I\/51J8R334XTL._UF1000,1000_QL80_.jpg\"\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/strong\u003e\u003cbr\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/m.media-amazon.com\/images\/I\/91A6lELKpFL._UF1000,1000_QL80_.jpg\"\u003e\u003cbr\u003e\u003cbr\u003eR\u0026amp;B・サックス奏者。戦後ウェストコーストR\u0026amp;B～ジャンプ・ブルース。1924年インディアナ州ギャリー生まれで、1999年にロサンジェルスで死去。本名 Charles Williams Higgins 。SPECIALTYレーベルに録音のあるR\u0026amp;B歌手のダディ・クリーンヘッドは兄弟。ティーン期にロサンジェルスに家族で移住し、初期はトランペットを演奏して活動。間もなくサックス奏者に転向し、1952年にCOMBOレーベルより自作曲の「Pachuko Hop」でデビューを果たし、本作は大ヒットを記録。またこのシングルの裏面曲「Motor Head Baby」では若きジョニー・“ギター”・ワトソンがヴォーカルを担当している。1954年にSPECIALTY, LUCKYレーベルに録音し、1964年までにALADDIN, RECORDED IN HOLLYWOOD, R anb B, DOOTONE, LOMA, MONEY, CADDY, KICKS, CO CO等のレーベルに多く録音を残しており、1955年の「Wetback Hop」が代表作品として知られている。ラテン・ジャズとブルースを融合させた音楽性などは、ロック・ミュージシャンのフランク・ザッパにも影響を与えたとされている。50年代のL.A R\u0026amp;Bのメッカ、セントラル・アヴェニューで絶大な人気を誇った、ロックンロール派ブロウ・ホンカーである。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e◆\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eアーティスト\u003cstrong\u003e【ジョニー・“ギター”・ワトソン】\u003c\/strong\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg alt=\"\" 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Guitar」で聴けるような、ゲイトマウス・ブラウンをアグレッシヴにした様な、ペンペン／ペケペケ／ギュインギュイン・ギターをトレードマークとして目立つ存在となる。1955年にRPMレーベルに移り、「Hot Little Mama」や「Too Tired」といった極上のモダン・ブルースの録音を残した。1957年からはKEEN, CLASS, GOTH, ESCORT等のレーベルを渡り歩いたほか、ザ・シールズ（The Shields）、ザ・サクソンズ（The Saxons）、フロイド・ディクソン（Floyd Dixon）等のレコーディングにコーラスで参加したりギターを伴奏した。1961年にKINGレーベルと契約し、「Cuttin' In」や「I Say, I Love You」等の歌ものR\u0026amp;Bでも良作を残している。1964年以降はHIGHLAND, JOWAT, MAGNUMレーベルに録音し、この頃にラリー・ウィリアムスとコンビを結成してJOJAレーベルに録音。さらに、1966年にOKEHレーベルと契約してソロ名義でのピアノ・インストゥルメンタル作品を録音したり、ラリー・ウィリアムスとのデュエットで「Mercy, Mercy, Mercy」がヒットした。以降も1990年代以降まで現役で活躍した名ブルース・マンである。\u003c\/p\u003e","brand":"R\u0026B 45","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":67956893253821,"sku":null,"price":15800.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/IMG_20261023_0017.jpg?v=1792825285","url":"https:\/\/nightbeatrecords.com\/pt-br\/products\/chuck-higgins-pachuko-hop-johnny-guitar-watson-motor-head-baby","provider":"NIGHT BEAT 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