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R&B 45

The Valentinos - Lookin' For A Love / Somewhere There's A Girl

1962 USA Original 45rpm Record [SAR/132]

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ボビー・ウーマックやセシル・ウーマックが在籍した、ウーマック家の5人兄弟によるR&B・グループ/ザ・ヴァレンティノスが、1962年にUS SARレーベルからリリースしたシングルで、サム・クック・プロデュースによる作品です。ビルボード・トップ100チャートで72位、R&Bチャートで8位、キャッシュボックストップ100チャートで8位、カナダRPMトップシングルチャートで24位をそれぞれ記録しました。

J.W.アレクサンダーとゼルマ・サンダースによって書かれた曲で、歌はもともと1961年にウーマック・ブラザーズが吹き込んだゴスペル賛美歌の「クゥドゥント・ヒアー・ノーバディー・プレイ」から生まれたものでした。サム・クックはそのセッションもプロデュースしました。その後サムはJ.W.アレクサンダーとゼルマ・サンダースに依頼し、このゴスペル曲をドゥーワップ・ダンスナンバーとして書き直してもらい、 「プレイ」が持つコード構造の曲として制作を手がけます。



そしてウーマック兄弟に歌が贈られたとき、兄弟たちは当初、牧師の父であるフレンドリー・ウーマック(Friendly Womack)からの反発を恐れて抗議しました。しかし、サムは歌がヒットすることを説得し、コマーシャルだけでなく経済的な成功をウーマック兄弟に保証しました。この曲はリードに17歳のボビー・ウーマックをフィーチャーしました。リリース前に、サムはグループ名の変更を提案し、R&Bグループのザ・ヴァレンティノスとなり、その春に歌をリリースしました。成功後、グループはジェームス・ブラウンのファンを獲得したという記録が残されています。

1971年、ロックバンドのJ.ゲイルズ・バンドが曲をカバーし、全米トップ39位のヒットとなりました。



1973年、ソロ歌手となっていたボビーは「ルッキン・フォー・ア・ラヴ」をレコーディングセッション中のウォームアップソングとして使用しており、この歌の新バージョンを録音しました。ここではウーマック兄弟が再びバックグラウンドのコーラス
を担当しています。しかし、当初はそれをシングルとして出す計画はありませんでしたが、周囲からの説得で、ボビーは1974年初頭に歌をリリースし、歌はこれまでで最も成功したシングルになり、ホットソウルチャートで2位、全米チャートで10位の大ヒットとなりました。



ゴスペルを変形させたアップテンポとコーラスをバックに、ティーネイジャーとは思えないボビー・ウーマックのボーカルが卓越したシャウトでリードする60's R&B・クラシックス!

裏面はサム・クックが作詞作曲したバラードです。

この歌は後にサム自身も取り上げています。



コンディション:VG/VG/WOL/RW
マトリックス番号:45-S-185 42678-X / 45-S-184 42678

アーティスト【ザ・ヴァレンティノス】
R&B・グループ。オハイオ州クリーヴランド出身。ボビー・ウーマックやセシル・ウーマックが在籍した、ウーマック家の5人兄弟によるゴスペル・グループが前身となる。1956年にサム・クックにより見出され、1960年にサムの所有したSARレーベルと契約する。1963-1964年に同レーベルから「Lookin' for a Love」と、「It's All Over Now」がナショナルヒットしている。サム・クックの死後、ボビーがサム夫人(Barbara Campbell)と結婚した事がスキャンダルとなり、ボビーはグループを脱退しソロとなる。グループはその後CHESSレーベル他に録音あり。
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