{"product_id":"roy-brown-aint-no-rocking-no-more-school-bell-rock","title":"Roy Brown - Ain't No Rocking No More \/ School Bell Rock [Promo]","description":"\u003cp\u003e\u003ciframe width=\"100%\" height=\"315\" src=\"https:\/\/www.youtube.com\/embed\/I9xhUKxoabU?si=I-Tt_dmoTgg3mLGh\" title=\"YouTube video player\"\u003e\u003c\/iframe\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003ciframe width=\"100%\" height=\"315\" src=\"https:\/\/www.youtube.com\/embed\/4CkzCaEp9EU?si=kijyHTNP9f_nG5je\" title=\"YouTube video player\"\u003e\u003c\/iframe\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e40年代から活躍し、ワイノニー・ハリスと共に、ジャンプ・ブルースを代表するシャウターとして知られる様になったジャンプ・ブルース・シンガー、ピアニストのロイ・ブラウンが、1959年にKINGレーベルからリリースしたシングルです(プロモ盤)。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eロイ・ブラウンは、彼の持ち味であった「ジャンプ・ブルース」のスタイルを、1950年代後半に急成長を遂げたティーンエイジャー中心のロックンロール市場に適応させようと試みました。ギターの力強い演奏、激しいドラム、そして突然現れるサックスの華やかなフレーズが特徴的なブラック・ロックンロール・ナンバー！\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e「もうロックはやらない」と題されたブラウン自作曲で、ブラウンの象徴的なスクリームと力強いボーカルスタイルをフィーチャーしています。ロイ・ブラウンは、1947年のヒット曲「Good Rocking Tonight」（後にエルヴィス・プレスリーがカバーして有名になった）で、「ロッキング」という言葉を音楽的かつ性的な婉曲表現として使うことを事実上発明しましたが、1959年のこの曲で彼は、ついにロッキングが終わってしまったという「悪い知らせ」を受け取ったことを歌い、もうパーティーができない地方の人々に向かって叫んでいます。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e◇\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e裏面は、当時のティーンエイジャーの間で流行していた「高校」音楽ブームに露骨に迎合した曲です。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e歌詞は、月曜日の朝に週末の終わりを嘆く生徒の心情を描いているが、チャイムが鳴れば「スクールベルロック」ができるという事実に慰めを見出す。といった内容です。\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eこのシングルのリリースは、ブラウンのキャリアにおける過渡期であり、困難な時期に行われました。1959年までに、ロイ・ブラウンは深刻な商業的低迷期を迎えていた。その数年前、彼は未払い印税をめぐってKINGレコードを訴え、勝訴しました。これは1950年代の黒人ミュージシャンとしては異例の行動ですが、多くの音楽史家は、この訴訟が彼を大手ラジオ局やレコード会社からブラックリストに載せる原因になったと考えています。\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e□レア！コンディションに難あり盤でございますが、音質は見た目以上の印象で、VG～VG-くらいの鳴り具合に感じます。実際のレコードから作成した試聴音源でご確認いただけますのでご確認よろしくお願いいたします。\u003cbr\u003e\u003cbr\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003ctable\u003e\n\u003ctbody\u003e\n\u003ctr\u003e\n\u003ctd\u003e\n\u003cstrong\u003eコンディション：\u003c\/strong\u003eVG--\/G\u003cbr\u003e\u003cstrong\u003eマトリックス番号：\u003c\/strong\u003eK-45-9443-1 \/ K-45-10363-1\u003cbr\u003e\n\u003c\/td\u003e\n\u003c\/tr\u003e\n\u003c\/tbody\u003e\n\u003c\/table\u003e\n\u003cp\u003e\u003cbr\u003eアーティスト\u003cstrong\u003e【ロイ・ブラウン】\u003c\/strong\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/image-placeholder-title.jpg?v=1728390812\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/Roy_brown.jpg?v=1728390812\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003e\u003cimg src=\"https:\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/roy-brown-deluxe-pre.jpg?v=1728390814\" alt=\"\"\u003e\u003c\/p\u003e\n\u003cp\u003eRoy James Brown (September 10, 1925 New Orleans, Louisiana, United States - May 25, 1981 San Fernando, California, United States) ジャンプ・ブルース・シンガー、ピアニスト。ワイノニー・ハリスと共に、戦後ジャンプ・ブルースを代表するシャウター。高音のスクリームも得意とする粘着質な唱法で、B.B.キング、ジャッキー・ウィルソン、ボビー・ブランド、リトル・ミルトンらに影響を与えている。また元祖というわけではないが、コール＆レスポンスのゴスペル音楽の要素を持ち込んだスタイルは、後のソウル・ミュージックのルーツとしても重要視されている。40年代にロサンジェルスに移住し、ウェイト級プロ・ボクサーとしての活動。1945年に歌手コンテストで優勝したのをきっかけに、1946年にテキサスに移り歌手活動を本格的に開始。その後ルイジアナ州シュリーヴポートに移り、地元のクラブで歌い人気を博していく。録音はKING, IMPERIALレーベルにあり、1947年の「Good Rocking Tonight」はワイノニー・ハリスや、エルヴィス・プレスリーらによってカバーされた名作である。以降の録音は70年代前半までHOME OF THE BLUES, SUMMIT, ABC-BLUESWAY, GERT, TRU-LOVE, CONNIE, FRIENDSHIP, MERCURY, MOBILE FIDELITY PRODUCTIONS, TOPFLIGHT等のレーベルにあるものの大きなヒットは出せず、60年代中期以降は百科事典のセールスマンをして過ごしている。 \u003cscript src=\"chrome-extension:\/\/hhojmcideegachlhfgfdhailpfhgknjm\/web_accessible_resources\/index.js\"\u003e\u003c\/script\u003e\u003c\/p\u003e","brand":"R\u0026B 45","offers":[{"title":"Default Title","offer_id":67957117092029,"sku":null,"price":2800.0,"currency_code":"JPY","in_stock":false}],"thumbnail_url":"\/\/cdn.shopify.com\/s\/files\/1\/0598\/5651\/9357\/files\/IMG_20261023_0011.jpg?v=1792829493","url":"https:\/\/nightbeatrecords.com\/products\/roy-brown-aint-no-rocking-no-more-school-bell-rock","provider":"NIGHT BEAT RECORDS","version":"1.0","type":"link"}