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Sixties 45

The Beach Boys - Dance, Dance, Dance / The Warmth of The Sun

1964 USA Original 45rpm Record [CAPITOL/5306]

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アメリカの1960年代のロックンロールとポップスを象徴する存在として知られる名グループ/ザ・ビーチ・ボーイズが、1964年10月26日にCAPITOLレーベルからリリースしたシングルです。

ブライアン・ウィルソン・プロデュースによる作品です。

Brian Wilson

ビルボード・ホット100チャートで最高12位、USキャッシュボックスチャートで最高8位、カナダのチャートで最高13位、全英シングルチャートで最高47位を記録しました。

1965年のアルバム『ビーチ・ボーイズ・トゥデイ!』に収録されました。

ブライアン・ウィルソン、カール・ウィルソン、マイク・ラヴによって作詞作曲された曲です。カールがビーチ・ボーイズのシングル曲として初めて作曲に参加した曲であり、彼のギターリフとソロは曲のメインとなっています。多くのポップソングは最後のコーラスの冒頭でキーを上げますが、「ダンス・ダンス・ダンス」はバースの途中で転調することでこの慣習を覆しています。素晴らしいサーフ・ロックのビートとグルーヴィーな歌詞と評された名作です。

裏面もヒットしており、ビルボード・ホット100チャートで最高8位、全英シングルチャートで最高24位を記録しました。

ブライアン・ウィルソンとマイク・ラヴが書いた曲です。ブライアン・ウィルソンはポップスにおける冒険的なコード進行の先駆者であり、この曲で聴ける、ハ短調からイ短調、そして変ホ短調への移行は1964年当時は前代未聞でした。 

1964年のアルバム『Shut Down Volume 2』に収録されました。

ウィルソンとラヴは、1963年11月22日、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された日にこの曲の作曲を開始したそうで、その後のこの曲のレコーディングは、ケネディ大統領の死を受けて作者たちが受けた感情的なショックを反映したものとなりました。

マイク・ラブによれば:「「The Warmth of the Sun」は、ケネディ大統領がダラスで暗殺されたまさにその日の早朝に着手しました。メロディーがあまりにも心に深く響き、悲しく、メランコリックだったので、歌詞に込められたのは、愛の喪失、つまり相手への関心が薄れ、気持ちが報われないという感情だけでした。しかし、その積雲に希望の光を見出そうと、歌詞は「確かに、状況は変わり、愛はもうないけれど、その記憶は太陽の暖かさのようにいつまでも残る」という視点で書きました。本当にインパクトがあり、記憶に残る曲だと思います。感情的にも個人的にも、私のお気に入りの曲の一つです。」

ウィルソンは2016年の自伝『I Am Brian Wilson』の中で、この曲が暗殺のあった日に書かれたことを回想しています:「銃撃事件が起こった時、誰もがすぐにそれを知りました。テレビやあらゆるニュースで報道されました。マイクに電話すると、彼は私にこのことについて歌を書いてくれないかと尋ねました。私はもちろんと答えました。これは私たちが考えなければならないことのように思えましたし、歌は私にとって物事を考える方法でした。私たちは私のオフィスに車で行き、30分後には「The Warmth of the Sun」が完成しました。私たちはこれを大作だとは思っていませんでした。個人的な反応でした。しかし、この曲にまつわる歴史が絡み合うことで、時とともに大きな曲になっていきました。」

愛らしくゆったりとしたテンポのバラードで、豊かなボーカルと繊細な作曲の崇高なバランスにより、ビーチ・ボーイズの最高傑作であり、最も感動的なバラードの一つとなったと評される名作の2サイダーです。

□オリジナル・カンパニースリーブ付きです。

コンディション:VG(+)/VG(+)
マトリックス番号:45X-51509-87 / 45X-51180-T8


アーティスト【ザ・ビーチ・ボーイズ】











ロック&ポップ・グループ。ブライアン、デニス、カールのウィルソン兄弟と従兄弟のマイク・ラブ、友人のアル・ジャーディンの五人が、1961年にカリフォルニア州ホウソーンで結成したザ・ペンデルトンズ(The Pendletones)が前身。1961年にザ・ビーチ・ボーイズとグループ名をあらため、CANDIXレーベルに初録音後、1962年に大手CAPITOLレーベルと契約。初期の1962-1964年頃は「Surfin' Safari」「Surfin' U.S.A.」「I Get Around」といった“サーフ&ホットロッド”をテーマにしたロックンロールで人気を博す。初期は主にザ・フォー・フレッシュメンやジャン&ディーンのコーラス・スタイルと、チャック・ベリーのロックンロールをブレンドさせた独自のロックンロールとして影響力を持った。1964年の暮れ頃からリーダーのブライアン・ウィルソンはライヴ遠征には同行せず、スタジオワークに重点を置く様になり、クリエイティヴな作品作りやアルバムの制作に取り組み、1965年にはアルバム『Today!』と『Summer Days』を発表。ブライアンの情熱はさらに増し、1966年には遂にロック・アルバムの金字塔と呼ばれる名盤『Pet Sounds』を完成させ、同年にはこれまた傑作のシングル「Good Vibrations」を発表し、後世で高く評価されています。1965年からはブライアンに変わるツアーメンバーとしてブルース・ジョンストン(ブルース&テリーやザ・リップ・コーズ等を手がけた才能ある名人)が参加し、以降は正式なメンバーとして活動している。