Otis Redding - Direct Me / Papa's Got A Brand New Bag
1968 USA Original 45rpm Record [ATCO/45-6636]
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- ¥2,200 JPY
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ヒット曲の数々で60年代のソウル・ミュージックを代表する様になり、“ザ・キング・オブ・ソウル”や“ビッグ・オー”といった愛称でも親しまれるR&B~ソウル・シンガー/オーティス・レディングの他界後となる1968年に、ATCOレーベルがリリースしたシングルです。スティーヴ・クロッパー・プロデュースによる作品です。
オーティスがスティーヴ・クロッパーと競作した楽曲を、サイケデリック色のあるバンドの演奏で仕上げ、ラップ調のボーカルで歌う60's サザン・ソウル・ナンバー!
裏面はチャート作品で、ビルボード・ホット100チャートで最高21位、R&Bチャートで最高10位を記録しました。ジェームス・ブラウンの同名大ヒット作品のカバーで、1966年のライブハウス/ウィスキー・ア・ゴー・ゴーでのライヴ録音バージョンです。
アルバム中でも終盤のハイライトといえる名バージョンで、ザ・フェイマウス・フレームスをイミテートした緊迫感のあるバンドの演奏と、荒々しいボーカルが共に白熱したパフォーマンスで迫る最高名演です。
<参加ミュージシャンと録音場所+日時>
Otis Redding [Direct Me]
Wayne Jackson, trumpet; Joe Arnold, Andrew Love, tenor sax; Booker T. Jones or Isaac Hayes, piano, organ; Steve Cropper, guitar; Donald "Duck" Dunn, electric bass; Al Jackson, drums; Otis Redding, vocal.
Memphis, TN, circa December 6, 1967
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Otis Redding [Papa's Got A Brand New Bag (edited version)]
Booker T. Jones or Isaac Hayes, piano, organ; Steve Cropper, guitar; Donald "Duck" Dunn, electric bass; Al Jackson, drums; Otis Redding, vocal; + overdubs: Wayne Jackson, trumpet; Andrew Love or Joe Arnold, tenor, baritone sax.
コンディション:NM/NM マトリックス番号:68-C-15615-11 15883 / 68-C-15313-15 15877 |
アーティスト【オーティス・レディング】
R&B~ソウル・シンガー。サザン・ソウル。1941年ジョージア州ドウソン生まれで、人気絶頂期の1967年12月10日に飛行機事故により他界。享年26歳。“ザ・キング・オブ・ソウル”や、“ビッグ・オー”といった愛称でも親しまれる、60年代のソウル・ミュージックを代表する大物歌手。最初期にはザ・ヴァインヴィル・バプティスト・クアイア(The Vineville Baptist Choir)というゴスペル・グループで教会で歌い、その後R&B歌手に転向し、リトル・リチャードのオリジナル・ロード・バンド/ジ・アップセッターズ(The Upsetters)の歌手としても活動。それから間もなくロックハウス・レデイLング(Rockhouse Redding)という芸名でソロ歌手となり、1960年にザ・シューターズ(The Shooters)というグループの歌手としてTRANS WORLD, FINE ARTSレーベルに初録音。その後はソロ名義でALSHIRE, GERLAND, CONFEDERATE, ORBITレーベルにも録音を残す。1962年にメンフィスのVOLTレーベルと契約し、「These Arms of Mine」がナショナルヒットを記録。1963年には名門「アポロ・シアター」にも出演し、シングル「Security」、「Mr. Pitiful」、「Chained And Bound」、「I've Been Loving You Too Long」、「Respect」等を続々とヒットさせ、1965年には名盤『Otis Blue: Otis Redding Sings Soul』を発表。同年にロサンジェルスの「ウィスキー・ア・ゴー・ゴー」にも出演して西海岸での人気も獲得。1966年に傑作バラード「Try a Little Tenderness」を録音し、1967年には カーラ・トーマス とデュエットしたアルバム『King & Queen』もヒットを記録し、その後にはヨーロッパ・ツアーにも行き大成功を収めている。1967年には「モンタレー・ポップ・フェスティバル」にも出演し、強烈なライヴ・パフォーマンスでロック・ファンへのアプローチにも成功。そんな人気絶頂の1967年末に、オーティス・レディングとバーケイズのメンバー5人、マネージャー及びパイロットを含む合計8名の乗った自家用飛行機「ビーチクラフトモデル18」が、次の公演地であるウィスコンシン州マディソンに向かう途中、濃霧で滑走路を見失い近くのモノナ湖に墜落。トランペットのベン・コーリーを除く7人が死亡。オーティスの死後に発表された新作「Dock of the Bay」は、オーティス自身にとって最大のヒットととなる皮肉な結果となった。ローリング・ストーンの選ぶ「歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いては第8位に選定。