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Jazz 45

Chet Baker - A Dandy Line / Goodbye [Crack]

1954 USA Original 45rpm Record [PACIFIC JAZZ/45-618]

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クール・ジャズにおける大きな革新で知られ、「プリンス・オブ・クール」と呼ばれたジャズ・トランペット奏者、ボーカリスト/チェット・ベイカーが、1954年にPACIFIC JAZZレーベルからリリースしたシングルです。

アルバム『Chet Baker Ensemble』からのカットです。

クールジャズシーンの重要人物であり、複雑でほとんどクラシック音楽のようなアレンジで知られるジャック・モントローズによって作曲されました。

チェット・ベイカーとサックス奏者ジェリー・マリガンの相互作用を表した作品で、当時としては非常に革新的だった「ピアノレス」のカルテットサウンドが知られるようになっています。ピアノがコードを指示しないため、トランペットとバリトンサックスは対位法を用いて互いに絡み合う独特の空間を持つことができるという効果を生み出しました。チェット・ベイカーのメロディー選びは驚くほど洗練されていながらも滑らかで、叙情的で自然なスタイルが存分に感じられる名演として評されています。

裏面は、ゴードン・ジェンキンスによって書かれた曲です。

チェット・ベイカーの演奏は、繊細で物悲しい重みを帯びており、非常に個人的な感情が込められているように感じられます。ベイカーのトランペットソロは、ハーモンミュートを使用したり、非常に柔らかく開いたトランペットで演奏されており、中音域と低音域に重点が置かれます。音符と音符の間の沈黙が、音楽そのものと同じくらい多くの感情を伝えていると評されています。

<参加ミュージシャンと録音場所+日時>
Chet Baker Ensemble - [A Dandy Line]
Chet Baker, trumpet; Herb Geller, alto, tenor sax; Jack Montrose, tenor sax; Bob Gordon, baritone sax; Russ Freeman, piano; Joe Mondragon, bass; Shelly Manne, drums.
Capitol Melrose Studios, Los Angeles, CA, December 14, 1953
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Chet Baker Ensemble - [Goodbye]
Chet Baker, trumpet; Herb Geller, alto, tenor sax; Jack Montrose, tenor sax; Bob Gordon, baritone sax; Russ Freeman, piano; Joe Mondragon, bass; Shelly Manne, drums.
Capitol Melrose Studios, Los Angeles, CA, December 22, 1953

■A面からみて2時半の方向、盤面の溝の中央から後半にかけて、レコードが割れております(盤端はかろうじて繋がっている状態)。あとは細かな傷もございますので、再生時にかなりのプチノイズを拾います。盤自体が珍しいものですので、鑑賞用にいかがでしょうか。実際のレコードから作成した試聴音源をお試しいただけますが、音質的にはおすすめでございません。訳あり安価商品ですので、ご検討よろしくお願いいたします。

コンディション:Crack!
マトリックス番号PJ 1613 / PJ 1612


アーティスト【チェット・ベイカー】









本名:Chesney Henry "Chet" Baker Jr.(1929年12月23日~1988年5月13日)アメリカのジャズ・トランペット奏者、ボーカリスト。彼はクール・ジャズにおける大きな革新で知られ、「プリンス・オブ・クール」と呼ばれた。ベイカーは、1950年代を通じて、特に彼のボーカルをフィーチャーしたアルバム、『チェット・ベイカー・シングス』 (1954年) と『イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー』 (1958年) で注目され、批評家からの賞賛を獲得した。ジャズ史家デイブ・ゲリーは、ベイカーの初期のキャリアを「ジェームス・ディーン、シナトラ、ビックスがひとつになった」と評した。彼のよく知られた麻薬常習もまた、彼の悪名と名声を高めた。ベイカーは、1970年代後半から1980年代にかけてキャリアの復活を遂げるまで、頻繁に刑務所に出入りしていたことでも知られている。