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R&R 45

Gene Vincent - Be-Bop-A-Lula / Woman Love

1956 USA Original 45rpm Record [CAPITOL/F3450]

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50年代を象徴する伝説的なロックンローラーの一人として知られるロックンロール・シンガー、ギタリスト/ジーン・ヴィンセントが、1956年にCAPITOLレーベルからリリースしたシングルです。

ビルボード・ホット100チャートで最高15位、ビルボード・R&Bチャートで最高8位、カントリー&ウェスターンチャートで最高10位、英国シングルスチャートで最高16位を記録しました。ローリングストーン誌が選ぶ「ザ・500・グレーテスト・ソングス・オブ・オール・タイム」では第103位に選定されています。

タイトルは女性ジャズシンガーのヘレン・ヒュームズ(Helen Humes)が1945年に録音した「ビー・ババ・リバ」に似ており、このフレーズは他にもライオネル・ハンプトンが「ヘイ!バ・バ・リバップ」として使ったり、または非常に類似したフレーズは、1940年代にジャズ界で広く使用され、その名はビバップスタイルにまで由来しています。ジーンの「ビー・バップ・ア・ルーラ」も、それらのフレーズがカッコいいからタイトル/楽曲に引用したのだと思われます。

楽曲はジーンのマネージャーであるビル・デイヴィスとの共作で、1955年にジーンがバージニア州ポーツマスにある米国海軍病院でのオートバイ事故後の入院中に生まれました。ジーンはザ・ドリフターズの「マネー・ハニー」に触発されて曲を書きました。歌詞の誕生には諸説ありますが、ドナルド・グレイブスという人物が歌詞を書き、その権利をマネージャーのビル・デイヴィスデイヴィスが約50ドルで購入し、自身は作詞家として認定されたという説と、他にはビル・マーレイの1925年の「ドント・ブリング・ルル」という古い歌を聞いた後、ジーン・ビンセントと一緒に曲を書いたと主張する説等が挙げられます。またジーン自身は、漫画「リトル・ルル」に触発された歌詞を書いたと時々主張しています。

1956年初頭、ジーンヴィンセントはバージニア州ノーフォークでラジオ番組で歌を演奏し、エルヴィス・プレスリーに対抗する若い歌手を探していたCAPITOLレコード用にデモバージョンを録音しました。その後CAPITOLレコードは、1956年5月4日にテネシー州ナッシュビルにあるオーウェン・ブラッドリーのスタジオでレコーディングを行う事となり。クリフ・ギャラップ(リード・ギター)、“ウィー”・ウィリー・ウィリアムズ(リズム・ギター)、“ジャンピン”・ジャック・ニール(ベース)、ディッキー・“ビー・バップ”・ハレル(ドラム)が演奏を担当しました。ハレルはバックグラウンドで二度叫んでおり、その理由は彼の家族がそれが彼が参加した録音で彼である事を聞かせたかったからだと彼は言っています。※ロカビリーの殿堂によるリサーチ記事からの情報を引用しました

裏面は軽快なシャッフルリズムのロックンロールとなる2サイダーです。

オリジナル・カンパニースリーブ付きです。

コンディションVG/VG
マトリックス番号45-15230-D3 / 45-15231-D1


アーティスト【ジーン・ヴィンセント】


ロックンロール・シンガー、ギタリスト。1939年バージニア州ノーフォーク生まれで、1971年にロサンゼルスで死去。本名 Vincent Eugene Craddock 。50年代のロックンロール黄金時代を代表する伝説的なロックンローラー。自身のバンド/ザ・ブルー・キャップスを率いて活動し、1956年にCAPITOLレーベルと契約し、「Be-Bop-A-Lula」「Lotta Lovin'」等を大ヒットさせ、他にも上質なロックンロールの名作を多数残している。不良イメージを前面に押し出したヴィジュアルに、軽快なロカビリー・サウンド、そしてセクシーで艶っぽいボーカルで人気を博した。60年代はヨーロッパで再評価されており、UK COLUMBIAレーベルにも録音し、アメリカ本国でもCHALLENGEレーベルにフォークロックやカントリーロック路線で録音を残した。