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Oldies 45

Buddy Holly - Oh, Boy! / Not Fade Away

1957 USA Original 45rpm Record [BRUNSWICK/9-55035]

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ザ・ビートルズ等にも影響を与え、50年代のロックンロール黄金期を代表する伝説的な存在となったロックンロール・シンガー、ソングライター、ギター、ピアノ、フィドル、バイオリン演奏/バディー・ホリーが、1957年10月27日にBRUNSWICKレーベルからリリースしたシングルです。

ビルボード・ホット100チャートで最高10位、ビルボード・R&Bチャートで最高15位、カナダのチャートで26位、全英シングルチャートで最高3位を記録しました。

ソニー・ウェスト、ビル・ティルマン、ノーマン・ペティによって書かれた曲です。曲は12小節のブルース形式の8小節のブリッジを備えたAABA形式の楽曲です。元々、1957年初頭にニューメキシコ州クローヴィスのノーマン・ペティ・スタジオでソニー・ウェストによって「オール・マイ・ラヴ(オー・ボーイ!)」というデモとして録音されました。



ペティはホリーがこの曲をレコーディングするつもりでウェストのデモをバディ・ホリーに提示しました。そして1957年6月29日から7月1日にかけて、バディ・ホリー&ザ・クリケッツによってノーマン・ペティ・スタジオで録音され、ホリーがリード・ボーカルを歌い、ザ・ピックがバッキング・ボーカルを担当して録音されました。


Norman Petty

1975年5月にイギリスのグラムロックグループ、マッドによるカバーは、全英シングルチャートで2週間1位を獲得しました。



裏面はチャート入りしておりませんが、2004年にローリング ストーン誌の「史上最も偉大な500曲」のリストで107位にランクされました。

バディ・ホリーとノーマン・ペティが書いた曲です。「エブリデイ」という曲が録音されたのと同じ1957年5月27日にニューメキシコ州クローヴィスでこの曲が録音されました。「ノット・フェード・アウェイ」のリズミカル・パターンはボ・ディドリー・ビートの変種でした。ザ・クリケッツのドラマーであるジェリー・アリソンは、段ボール箱でビートを打ち出しました。

1964年、ザ・ローリング・ストーンズによるカバーが、全英シングルチャートで最高3位、米国ビルボード・ホット100チャートで48位他に達しました。



コンディションVG+/VG+/TROL
マトリックス番号45 103179 20 / 45 103104 20


アーティスト【バディー・ホリー】



Charles Hardin Holley (September 7, 1936 Lubbock, Texas, U.S. - February 3, 1959 Clear Lake, Iowa, U.S.) ロカビリー~ロックンロール・シンガー、ソングライター、ギター、ピアノ、フィドル、バイオリン演奏。最初期には中学校の時に友人ボブ・モントゴメリーとのコンビ、バディー&ボブ(Buddy & Bob)を結成し、カントリー&ブルーグラスを演奏して活動。地元のラジオ局KDAVにも出演し、地元ではトップの人気を誇るアーティストとなる。その後1955年に、エルヴィス・プレスリーに影響をうけてロカビリーに音楽スタイルを変更。1956年にDECCAレーベルと契約しザ・クリケッツ名義で数枚のレコードをリリースしたが、ヒットは生まれなかった。その後スタジオオーナーでもあったノーマン・ペティーをマネージャーに採用し、ニューメキシコ州クローヴィスにある彼のスタジオで録音した「That'll Be The Day」がBRUNSWICKレーベルよりリリースされてナショナル・ヒットを記録する。以降は「Oh Boy!」のヒットや、CORALレーベルに移ってからも「Peggy Sue」等、多数のヒットを連発し、50年代を代表するロックンロールスターとなった。メガネをかけた親しみやすいヴィジュアルや、ポップでキャッチーなロックンロール感覚は、ザ・ビートルズはじめ、多くの後続アーティストに影響を与えた伝説のロッカーである。1959年1月23日にリッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーらと共に飛行機事故で他界した。

アーティスト【ザ・クリケッツ】



ロックンロール・グループ。ロックンローラー、バディー・ホリーが在籍したバンドとして有名。1954年にバディーのDECCAレーベルのデモ録音用の演奏家として集められた、テキサス州ラボック出身のソニー・カーティス、ジェリー・アリスン、ラリー・ウェルボーンらのメンバーが中心となる。1957年までナッシュヴィルでロカビリーを演奏していたが、ヒットは出せずにいたところ、プロデューサー/ノーマン・ペティーと出会い、以降は活動の場所をニュー・メキシコに移す。1957年にBRUNSWICKレーベルからリリースされた「That'll Be The Day」は大ヒットを記録し、一躍50年代を代表するスター・グループへと成長した。1959年にバディー・ホリーが飛行機墜落事故で他界したが、その後もソニー・カーティスを中心にザ・クリケッツとしてCORALレーベルに録音をして活動を継続した。そこでヒット曲は生まれなかったものの、1959年にはロックンロールの名作となる「I Fought The Law」は、のちにザ・ボビー・フラー・フォーや、イギリスのパンク・バンドのザ・クラッシュによってカバーされた。1962年にはLIBERTYレーベルに移り、録音した「Don't Ever Change」がイギリスのシングルチャートでヒットを記録。同年に同レーベルで、バディー・ホリーの熱心なファンだった事で知られるポップ歌手/ボビー・ヴィーとコラボレーションし、そちらでも成功を収めた。以降はメンバー・チェンジを繰り返しながら、2010年代も現役で活動中である。