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R&R 45

Buddy Holly - Love Me / You Are My One Desire

1958(1956) USA Original 45rpm Record [DECCA/9-30543]

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ザ・ビートルズ等にも影響を与え、50年代のロックンロール黄金期を代表する伝説的な存在となったロックンロール・シンガー、ソングライター、ギター、ピアノ、フィドル、バイオリン演奏/バディー・ホリーが、1956年4月16日にDECCAレコードからリリースした彼のデビューシングル(DECCA/9-29854:以下の画像)を、1958年1月7日にB面のカップリングを変更して再リリースしたシングルです。

パッツィー・クラインを手掛けたプロデューサーとして知られる、オーウェン・ブラッドリー・プロデュースによる作品です。


Owen Bradley

DECCAレコードは、ギターのボブ・モンゴメリーとベースのラリー・ウェルボーンを擁するホリーのグループ/バディー&ボブをきっかけにホリーに興味を示しました。


Buddy & Bob

ロックンロールの隆盛を活かすことを期待され、ホリーは契約を結びました。他のメンバーのモンゴメリーは声質が「カントリーすぎる」と判断され、ウェルボーンは学校の都合でツアーに出られなかったため、両者共にDECCAレコードとの契約には至りませんでした。そこでソロとなったホリーは、ギターのソニー・カーティスとベースのドン・ゲスからなる新しいバンドを結成し、ブラッドリーのスタジオでレコーディングを行いました。

グループは、ラボック出身のホリーとスー・パリッシュが作曲した「Love Me」、同じくラボック出身のベン・ホールが作曲した「Don't Come Back Knockin'」、そして「Blue Days - Black Nights」、そして「Midnight Shift」を録音しました。録音は1956年1月26日の午後7時から10時の間に行われています。バンドにはセッション・ミュージシャンのダグ・カーカム(ドラム)とグレイディ・マーティン(ギター)が参加しました。


Grady Martin

エルヴィス・プレスリーの初期SUNレーベルでのスタイルに倣った純然たるロカビリーで、混じりけのないストレートなサウンドと、若く希望に満ちたホリーのボーカルも活力溢れる初期の名作です。

このシングルは創作上の相違から、この曲はホリーの好みよりもカントリー寄りのサウンドとなり、プロモーション活動も不足していたため、商業的には失敗に終わりました。ですが、DECCAレコードでのホリーの不振にも関わらず、レーベルはザ・クリケッツでの成功、そして1957年のソロ活動を経て、彼を大きく成長させました。

裏面はカントリー風のバラードです。

□オリジナル・カンパニースリーブ付きです。

コンディションNM/NM
マトリックス番号45 89280 14 2 / 45 101035 15 2


アーティスト【バディー・ホリー】



Charles Hardin Holley (September 7, 1936 Lubbock, Texas, U.S. - February 3, 1959 Clear Lake, Iowa, U.S.) ロカビリー~ロックンロール・シンガー、ソングライター、ギター、ピアノ、フィドル、バイオリン演奏。最初期には中学校の時に友人ボブ・モントゴメリーとのコンビ、バディー&ボブ(Buddy & Bob)を結成し、カントリー&ブルーグラスを演奏して活動。地元のラジオ局KDAVにも出演し、地元ではトップの人気を誇るアーティストとなる。その後1955年に、エルヴィス・プレスリーに影響をうけてロカビリーに音楽スタイルを変更。1956年にDECCAレーベルと契約しザ・クリケッツ名義で数枚のレコードをリリースしたが、ヒットは生まれなかった。その後スタジオオーナーでもあったノーマン・ペティーをマネージャーに採用し、ニューメキシコ州クローヴィスにある彼のスタジオで録音した「That'll Be The Day」がBRUNSWICKレーベルよりリリースされてナショナル・ヒットを記録する。以降は「Oh Boy!」のヒットや、CORALレーベルに移ってからも「Peggy Sue」等、多数のヒットを連発し、50年代を代表するロックンロールスターとなった。メガネをかけた親しみやすいヴィジュアルや、ポップでキャッチーなロックンロール感覚は、ザ・ビートルズはじめ、多くの後続アーティストに影響を与えた伝説のロッカーである。1959年1月23日にリッチー・ヴァレンス、ビッグ・ボッパーらと共に飛行機事故で他界した。

アーティスト【ザ・クリケッツ】



ロックンロール・グループ。ロックンローラー、バディー・ホリーが在籍したバンドとして有名。1954年にバディーのDECCAレーベルのデモ録音用の演奏家として集められた、テキサス州ラボック出身のソニー・カーティス、ジェリー・アリスン、ラリー・ウェルボーンらのメンバーが中心となる。1957年までナッシュヴィルでロカビリーを演奏していたが、ヒットは出せずにいたところ、プロデューサー/ノーマン・ペティーと出会い、以降は活動の場所をニュー・メキシコに移す。1957年にBRUNSWICKレーベルからリリースされた「That'll Be The Day」は大ヒットを記録し、一躍50年代を代表するスター・グループへと成長した。1959年にバディー・ホリーが飛行機墜落事故で他界したが、その後もソニー・カーティスを中心にザ・クリケッツとしてCORALレーベルに録音をして活動を継続した。そこでヒット曲は生まれなかったものの、1959年にはロックンロールの名作となる「I Fought The Law」は、のちにザ・ボビー・フラー・フォーや、イギリスのパンク・バンドのザ・クラッシュによってカバーされた。1962年にはLIBERTYレーベルに移り、録音した「Don't Ever Change」がイギリスのシングルチャートでヒットを記録。同年に同レーベルで、バディー・ホリーの熱心なファンだった事で知られるポップ歌手/ボビー・ヴィーとコラボレーションし、そちらでも成功を収めた。以降はメンバー・チェンジを繰り返しながら、2010年代も現役で活動中である。