Zu Produktinformationen springen
1 von 3

Girls 45

The Crystals - Da Doo Ron Ron / All Grown Up (Re-Issue)

1986(1963&1964) USA Re-Issue 45rpm Record [COLLECTABLES/3203]

Normaler Preis
¥1,600 JPY
Normaler Preis
Verkaufspreis
¥1,600 JPY
- ポイント

↑獲得ポイント







PHILLESレーベルを代表するニューヨーク出身のR&B~ガールズ・ポップ・グループ/ザ・クリスタルズが、1963年4月にPHILLESレーベルからリリースした作品の、1986年COLLECTABLESレーベル・リイシュー・シングルです。

フィル・スペクター・プロデュースによる作品です。



Phil Spector

ビルボード・ホット100チャートで最高3位、USキャッシュボックスチャートで最高4位、UKシングルチャートで最高5位を記録しました。2004年、ローリングストーン誌が選ぶ「史上最も偉大な500曲」のリストで114位にランクされ、2021年のアップデートでは366位にランクされました。2003年に発行されたQマガジンの「史上最高のベスト・ソング1001」のリストで528位にランクされました。ベルリン・メディアは、1998年に発行された「史上最高のシングル100」のリストで43位にランクしました。ロックンロールの殿堂が選ぶ「ロックを形作った500曲」の一曲として認められています。また「史上最も偉大なガールズグループの曲100曲」のリストで55位にランクされました。

ジェフ・バリー、エリー・グリニッジ、フィル・スペクターが共作をした初のコラボレーションでした。


Jeff Barry & Ellie Greenwich

前ヒット作の「ヒーズ・シュア・ザ・ボーイ・アイ・ラヴ」をフォローアップした曲で、ニューヨークにあったスペクターのオフィスで2日間かけて書かれました。タイトルの「ダ・ドゥー・ロン・ロン」は当初、適切な歌詞が書けるまでのダミーラインとして使用されるナンセンスな音節でしたが、スペクターはそれを非常に気に入り、そのまま使用しました。録音は1963年3月にロサンゼルスのゴールド・スター・スタジオでレコーディングされ、ジャック・ニッチェがアレンジャー、ラリー・レヴァインがエンジニアとして参加し、フィル・スペクターがウォール・オブ・サウンドのスタイルで仕上げています。セッション・ドラマーのハル・ブレインを中心にしたレッキング・クルーが演奏する重量感のあるサウンドに乗せて、ララ・ブルックスのリードボーカルが力強く歌う、60's ガールズ・ポップ・クラシックス!

1977年のショーン・キャシディのカバーは全米1位を記録しています。



裏面は1964年にPHILLESレーベルからリリースされた作品のカップリングです。

フィル・スペクター・プロデュースによる作品で、ビルボード・ホット100チャートで最高98位を記録したマイナーヒットです。

エリー・グリーニッチ&ジェフ・バリーらが競作をした作品で、ヴァージニアのLEGRAND/S.P.Q.R.レーベルを彷彿とさせるR&Bスタイルの重厚なサウンドで仕上げた、ロックンロール・タイプのガールズ・ポップ・ナンバー!グループにとってのPHILLESレーベル最終シングル作品でもあります。

オリジナル・カンパニースリーヴ付きです。

コンディション:NM/NM/RI
マトリックス番号COL-3203-A / COL-3203-B

アーティスト【ザ・クリスタルズ】



R&B~ガールズ・ポップ・グループ。1961年にニューヨークで結成。プロデューサー/フィル・スペクターに見出され、1961年にPHILLESレーベルに初録音をする。以降、同レーベルにて1964年まで「There's No Other (Like My Baby)」「Uptown」「Da Doo Ron Ron」「Then He Kissed Me」をヒットさせる。しかし1962年にヒットした「He's A Rebel」と、「He's Sure the Boy I Love」はザ・クリスタルズ名義の作品ながら、これらは実はダーレン・ラヴ&ザ・ブロッサムズが歌っている(この時フィル・スペクターはニューヨークからロサンジェルスに活動の場を移し早速制作活動に入ったが、有名になったザ・クリスタルズの移住が完了していなかった為、代役としてブロッサムズを採用したのが理由である)。1965年以降はUNITED ARTISTS, MITCHELLレーベル等に録音を残しており、グループは1967年まで活動を続けた。1971年には早々に再結成し、以降は2010年代も現役で活動中。