Zu Produktinformationen springen
1 von 2

R&B 45

Chubby Checker - Let's Twist Again / Limbo Rock (Re-Issue)

1970s(1961&1962) USA Re-Issue 45rpm Record [ABKCO/4003]

Normaler Preis
¥1,600 JPY
Normaler Preis
Verkaufspreis
¥1,600 JPY
- ポイント

↑獲得ポイント







「ザ・ツイスト」他のダンスもの連続ヒットで、一躍全国的に人気者になったチャビー・チェッカーが、1961年にPARKWAYレーベルからリリースした作品の、1970's 正規ABKCOレーベル・リイシュー・シングルです。

カル・マン&デイヴ・アップル・プロデュースによる作品で、ビルボード・ホット100チャートで最高8位、ビルボード・R&Bチャートで最高26位を記録しました。1962年のグラミー賞最優秀ロックンロール・レコーディング賞を受賞しました。

カル・マンとデイヴ・アペルによって書かれた曲で、チェッカーの1960年のシングル「ザ・ツイスト」の後続作品です。「もう一回ツイストしようぜ!」という曲で二番煎じになるかと思いきや、トップ10入りを果たす大ヒットとなりました。



1961年、ジョニー・アリデイによるフランス語のカバーがフランスのシングルチャートで1位に達し、ワロン地域 (フランス領ベルギー) でも1位を記録しました。





裏面は1962年にPARKWAYレーベルからリリースしたシングル作品のカップリングです。

カル・マン&デイヴ・アップル・プロデュースによる作品で、ビルボード・トップ100チャートで最高2位、ビルボード・R&Bチャートで最高3位、USキャッシュボックスチャートで最高1位を記録しました。


1961年にザ・チャンプスがヒットさせたインストゥルメンタルバージョンを元にしており、カル・マンとビリー・ストレンジによる共作です。


The Champs



1960年に、ギタリストのビリー・ストレンジと友人は、ラジオでチャンプスのバージョンを耳にしました。そこで彼は「俺なら5分でもっと良い曲を書くことができる」と冷笑し、彼の友人は財布から100ドル札を取り出し、彼がそんな事できない事に賭けました。ストレンジは、すぐにすべての行に「なんて単調なメロディー」という歌詞を乗せて、5分以内にこの曲をメモ帳に書き記し、友人からのお金をポケットに入れました。後にリッキー・ネルソンのレコーディングセッションを行っている時、ストレンジはレコーディング用の歌があるかどうか尋ねられました。そこで彼は冗談で「なんて単調なメロディー」の歌を歌いました。数ヶ月後、チャビー・チェッカーのマネージャーであるカル・マンは、「リンボ・ロック」と改良した歌詞付きバージョンをチャビー・チェッカーで録音しても良いか?と尋ね、レコーディングに至ったという経緯です。

この曲は、ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス、ザ・ベンチャーズ、フォジー・ベア(マペット・ビーチ・パーティー)、セバスチャン・ザ・クラブ、チェット・アトキンス、ハンク・スノー(彼らの共同アルバムCB Atkins&CE Snow特別リクエスト)、ニッカーボッカーズ、クラウス・ワンダーリック、ルータ、アーサー・ライマン、スキアトス、ジャウーム・シサ、エメットウィン、トリニダード・カリプソ・バンド、ドミニカの音楽家フェリックス・デル・ロザリオ等、多くのミュージシャンによって取り上げられました。歌は文字通り「リンボ」に関するものであるため、あまり知られていないカバーバンドによる歌のバージョンは、さまざまなラテン音楽、カリプソ音楽、およびレゲエレコードにまで及びます。また、多くの子供向けの音楽アルバムにも登場します。

チャビー・チェッカーは2003年に「リンボ・ロック(リミックス)」というセルフカバーをリリースし、インナー・サークルをフィーチャーしました。ビルボード12月20日号のホットダンスシングルチャートで3位に達しました。



ラテンをベースに、独自の歌詞を陽気に歌う60's ポップR&B・クラシックスです。夏っぽい雰囲気も満開で、ビーチパーティー等のBGMにも最適な一曲です。

コンディション:NM/NM/RI
マトリックス番号:SPQ75006 / XRQ75005 GRT

アーティスト【チャビー・チェッカー】









R&B~黒人ポップ・シンガー。1941年サウスキャロライナ州スプリングガリー生まれでフィラデルフィア育ち。本名 Ernest Evans 。ロックンローラーの物真似が得意で、ティーン期から歌っていたクラスの人気者だった。学校が終わった後にもジョークを交えて歌っていたのを見出され、ディック・クラークの「アメリカン・バンドスタンド」に出演するチャンスを得る。そこでディックの妻に冗談半分で“チャビー・チェッカー”とニックネームを付けられ、それを気に入った彼はそのまま芸名として使っていく事になる。1959年にCAMEO/PARKWAYレーベルと契約し、ノヴェルティー歌手としてプロデビューを果たす。得意の物真似を織り交ぜた、デビュー作の「The Class」は中ヒットを記録し、その後ハンク・バラード&ザ・ミッドナイターズのカバー「The Twist」が全米で大ヒットを記録し、フィラデルフィア~ニューヨークを中心にツイストは大流行し、その後社会現象にまでなった。その後もひたすらダンスものに専念してヒットを飛ばし、「Pony Time」、「Limbo Rock」、「Let's Twist Again」等を1965年頃まで続々とリリースした。2010年代以降も現役活動中である。